パンダ2012年05月08日

 最寄り駅のロータリーに面して大きなマンションが建っているが、隣地との境に、いかにも辻褄合わせの様な小さい公園がある。大規模開発にはそれに相応な公園などの公共スペースを設けるとかいった類の法律にでも則った物なのだろう。

 舗装された三角形のその場所は、駅ビルに入っているネイルサロン程度の広さしかなく、空間を埋める様に、コンクリ製らしいツキノワグマとパンダの像が設置されている(外殻はFRPか?)。子供が丁度跨がれる位のそのサイズが、この場所を「公園」たらしめているのだが、こんな物があるからといって子供達はどうやって遊ぶというのだろう。いや、子供の遊びのイマジネーションは私の想像を超えて広いのだろう。

 この公園はブロック敷きなのだが、周りは土や木で一杯である。そのため、強い雨が降ると地面に積もっている泥が跳ね上げられ、パンダ達に掛かる。この泥が、四つん這いのパンダの白い顔を下から覆い、一見頬がこけてアゴ髭が生えている様に見える。それがコミカルと言うより結構不気味なのだ。髭面のパンダである。ある日駅前で遊歩道を行こうとする母親に幼稚園児くらいの子供が「パンダがいるからイヤー」と言っていた。大人が不気味に思うのだから、それは子供なら怖がるだろう。

 子供のためと思った訳でもなかろうが、たまにパンダの泥は拭われていたりする。放ったらかしの様な公園だが清掃くらいは入るらしい。しかし私は実のところ、それはそれで残念に思うのだった。

 パンダ好きの知人に写メでも送りたいところだが、朝の通勤時にそんな余裕もなく、そもそもそんなことしていたらおかしいし、帰宅時はもう暗い。休日にわざわざ撮りに来るのもちょっとと思ってしまう。

 これ、石の肌の方がむしろ可愛かったのになぁと思うのは、私だけだろうか。いや待て、そしたらパンダか何か判らんか。


読書 平安寿子「さよならの扉」中公文庫

ガンで亡くなった夫の不倫相手に「友達になって」と接触し続ける妻。末期ガンの闘病があったからではなく不思議に夫に恋しい感情を覚えないが、その愛人との関係の中で存在を確かめていくという様な、大雑把にはそういう筋。しかし、主人公のいささかエキセントリックな性格(自分にとって)の方が鼻についてしまい、どうも共感を覚えるに至らない。また夫の同僚のエリート男がちょっかいを出す様な魅力は感じられない。


小隊司令部発

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