カミゴミ ― 2013年12月13日
冬場の陽の光は斜めに射して来るものだが、それにしても随分と横から射してくるなと思いながら、乗っている列車の床を照らす陽を眺めていた。そう書くと何やら情緒的な感じに読めるが、実際にはむしろその逆だ。斜めに射して来た陽は、ゴミの陰をデフォルメして床の上に拡げる。見たくもない、その存在に気付いてもいなかった物を、殊更に強調して見せるのだ。えらく不快な存在であり、迷惑なリアリストみたいなものだ。 電車の床の上などというのは普段気にしないものだろうし、その様に作られている。座席に座っていて、見るともなしに視線を落とすことはあっても、子細に見つめ直す人もいないだろう。空き缶が転がっていると、ああこちらに転がって来たら厭だな位は思うだろうが。電鉄会社の方も出来れば意識して欲しくないから適当なグレーなぞを配色しているのだろう。つまらない軽量鉄骨住宅の屋上に貼られた防水シートみたいだ。あるいは同一素材なのかも知れない。ちなみにうちの屋上もそうなっているが。 ところで私が子供の頃に乗っていたバスの床は木製だった。何重にも塗られたワックスが独特の匂いを車内に充満させていて、それだけで酔ってしまいそうだったし、木目とは違う斑が塵埃の存在を感じさせて不潔な感じがした。公園の類で見掛ける路面電車などで木製の床を見るとどうしてもあの感覚を思い出してしまう。 電車の床を見つめていつも思うのは(あれ? いつも見てたのか)、髪の毛がやたら落ちているという事だ。人というのは須く髪を落としながら生きるものなのだろう。そんな列車が日に何本も停車してドアを開けるのだから、ホーム下の線路なぞは随分と汚い事だろう。最近多い気安くホーム下に転落する人々は、さぞ神経が図太いのだろうと想像してしまう。 |
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