毎日更新・連載掌編小説「3周のキスと零れ落ちた髪」-72010年04月11日


第7話(最終話) そして忘れ物

 打ち合わせを終えて、表に駐まっていたタクシーに乗り込む。混んだ辺りを過ぎて、そういえばいつものクレムドゥコールがそろそろ切れるのだっけと思い出し、幹線道路から1本入った店に近い辺りで降りる。しばらくこの街に寄っていなかったことと一緒に、あのバーにも行っていないことを思い出す。

 その後芝崎さんとは寝ていない。寝ていないまま時間が経って今に至る。何通かのメールと、何度かの電話を貰い、バーで見掛けて少し言葉を交わした事もあったが一度だけで、そしてそのままにしている。きっとこのままだろう。このままがスマートだと思う。

 そう思いながら、ふと、そういえば芝崎さんはわたしのことをどう思っているのか、そしてこの先どう思い出すのか、自分が全く考えていなかったことに気付く。わたしにはそういうところがある。

 スマートな女だったと思うだろうか。素敵な一時を過ごせたと思うだろうか。いくら何でもそんなお人好しではないだろう。案外、下着の脱ぎ方だけ覚えられていたりして。

 そういえばわたしはどんな脱ぎ方をしていただろう。上目遣いに相手の目を見つめながら、その視線の先を摘むように下着の縁に指を掛けていただろうか。いやいや全然していない。彼と寝るときのわたしは、ただ目を瞑って、彼に脱がして貰っていたのだった。そういう様に扱って貰うことが、わたしにとっては多分嬉しかった。実のところスマートではないし、面白くもない。そういうわたしだったのだ。

 芝崎さんは、役掛かったり気取ったりせず、ぎこちなく律儀に過ぎたかも知れないけれど、そういうわたしを丁寧に扱ってくれた。

 ありがとう。そう少しだけ思った。そう思ったことぐらいは覚えておこう。

 ふと気付くと駅に着いており、目的のクレムドゥコールを買っていなかったことに気付いた。


小隊司令部発

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