
ビール、2杯目。待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。
ドアの開く音がしたが、目の端に映ったのは、中年の女が一人店に入って来るところだった。俺はすぐに自分のグラスに視線を戻す。
待ち合わせは、以前よく使ったスタンドバー「OFF」にした。麻美は「あたし、こういう店あんまり好きじゃないんだよね」と一度言ったことがある。それでも俺は指定する店を変えなかった。彼女がそれに合わせるべきだと、そう考えていたからだ。俺が傲慢だったのかもしれないし、彼女が鈍重だったのかも知れない。そんな俺を、なぜ麻美は好きでい続けられたのかは分からない。本当は大して好きではなかったなら俺に合わせる意味もなかっただろう。俺はどちらでも良いと思っていた。しかし今日の待ち合わせを「OFF」にしたのは俺の鈍感さなのか。
ともあれ麻美は、以前の様に約束の時間をやや過ぎてから「OFF」に現れた。現れたのだったのだが、俺はその事に暫く気がつかなかった。
麻美はどちらかというと童顔で同い年には見られない。以前に街中で偶然知人と出会して後日に「若めの彼女だね」と言われ、心の中でそのどちらも否定しつつ微笑んで誤魔化したものだった。付き合ったのは5年間だったか。互いに重ねる齢は何かの拍子に認識したが、しかし緩やかに変わる景色に対しては互いに鈍感なもので、時の流れそれ自体を認識することはあまりなかった。久しぶりに逢う麻美のことをそんな風に思い出していたら、目の前の椅子に先ほどの中年女が腰掛けようとしていた。
「待ち合わせで、その席は空けて貰っているんですが」と言うつもりで顔を上げると、歳の分かりにくい雰囲気ではあるけれど明らかに20近くは年上であろうその女は、適量の微笑みを口の端に浮かべたまま言うのだった。
「久しぶり。元気にしていた?」
麻美だった。年齢以外は。

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