
「中にしても良かったのに」
放心したかの様に、息を吐きながら麻美が言う。
それは周期のためなのか。あるいは“この麻美”はもうそういう歳だったりするのではないだろうか。そんなことを考え始めると、つい顔からは目を逸らしてしまう。体の方にそれ程“違和感”はなかったのだが、それが、実際に年齢差など関係ない物だからなのか、単に俺が彼女の体躯に慣れていたからなのかは判然とはしない。何かとても懐かしい所に居る様な感覚に襲われる。ずっとこうしていたいと思う。
しかしそれと同時に別のところに違和感を覚えた。そうだ、俺の知っている麻美は、そもそもそんなことは言いもしなかった。愛し合う前には当たり前の様に念入りなシャワーを浴び、スキンは必ず着け、そして遊びで付き合ったにしては刺激的な行為は何もなかった。おかしな話だが、何が楽しくて付き合っていたのかも思い出せない。俺のことはともかく、麻美の気持ちも意味も、俺には分からない。
「前はそんなこと、言いもしなかったよな」
そう言うと、麻美は目の下を膨らませるような微笑み方をして、「“前”っていつよ、“前”って」と言った。
そうだ。“前”っていつだよ? 俺は段々いろんな事が分からなくなって、頭がクラクラしてきていた。
気が付くとダイニングで寝ていた。家の中に人の気配はない。
麻美とは、もう何年も前に別れていたのだった。は? 沙苗と結婚する前の話か? それって何年前の話だよ。あれから携帯は何台か替え、とうに連絡は取り様もなくなっていた。
玄関脇のクローゼットに掛けっ放しだったジャケットを手に取って、胸ポケットを漁る。確か何本か残っていたよな。自分の家すら禁煙のご時世だと。ふざけんな。
消費期限なんかとっくに過ぎた古い煙草を見つけ、咥えて火を点ける。
ああ、不味いな。最低だ。不味い。焦げた紙と、油の匂いしかしない。
下水路にはお誂え向きだ。

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まあ、どっちにしても…という気もしますが。
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