隠れ家2005年10月27日

 その日も歌舞伎町の某所で熱帯魚を眺めながら呑んでいると、急にTさんが「おぅ、来てたのか」と足元に向かって声を出す。私の位置から彼の足元は見えないが、それがいつもこの雑居ビルの入り口辺りで見掛けるノラ猫であろうことはすぐに分かった。しかし店の中に入ってくるのに出会すのは初めてではないかな。

 2杯目を呑んでいると、彼が携帯に出た。出るのは大体6回に1回くらいの割合の様な気がする。呼び出しのメロディで判別しているらしいが、私には彼がどの曲に出てどの曲を無視するかが未だに掴めていない。

 「カウンターの中なら」とか「奥とか意外に気付かない」とか話している。「Sさんの鞄の中とか」と悪戯っぽく言ってから私をちらりと見て、一拍あって「うん」と言う。「30分くらい隠れさせて欲しいって言うんスよ」と。名前では覚えていないが何度か顔を合わせたことのある娘のことらしい。「客か。面倒な仕事だな」と言うと、「いや、彼氏らしいスよ」と。

 結局彼女はちょっとだけ顔を出して、すぐ上の階の事務所に漫画本を抱えて行った。訊くと大して深刻な話でもない。出掛けに入れ違いで帰ってきた彼氏と喧嘩して来たのだそうである。

 近くの馴染みを一巡した後に覗いてみると、彼女はカウンターで"イケメン"と肩を並べていた。結局捕まったらしいが、ちょっとおどおどした感じの彼は喧嘩の勢いで追いかけてきたという風でもない。やけにはしゃいでいる彼女が私に話し掛けてくる。

  「Sさんてどんな風が好きなんですか?」
  「普通だよ。普通」
  「一度プレイしてみたぁい」

  2人が帰った後でTさんと顔を見合わす。
 「かわいいもんだねぇ。わざわざ彼氏の前であんなこと言ってさ」
 「子供なんスよ、子供。 …プレイ、してみます?」
 「しないよ。子供なんだろ?」

 「隠れ家」なんて言って廃屋に潜んでみても、別に大したことはしていない。子供の頃と違って酒は呑むが。


読書 角田光代「愛しているなんていうわけないだろ」 中公文庫

書いてることが何か若いと思ったら'91年の初刊行だった。だよな。自分と同年代の人の生活じゃないもんなと思いながら(角田さんは'67年生まれ)、ふと'91年つまりたかが十数年前の自分を思い起こす。…まあ、今とあまり変わらないという訳ではないのだが詳しくは言及せず。


小隊司令部発

「栴檀林小隊」各トップページの更新とは別に、概ね2〜5日毎に更新中。
本欄のバックナンバーはブログ以外にもジャンル別に読める「公文書」で。 


コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
スパムフィルタの質問です。当サイトのメインカラーは? 漢字1文字で入力して下さい。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://sendanrin.asablo.jp/blog/2005/10/27/121168/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。