辛みソース2006年05月10日

 テーブルに唐辛子の漬かったオリーブオイルが出た。こういうのを買おうと思うと意外にないんですよねと言ってみた。別にどうでも良い話なのだが、誰かが何かを喋らないとまだまだ場の馴染んでいない雰囲気だったのだ。実際に自分で探してみたこともあった。しかし品川の高級スーパーでやっと見つけた輸入品は、なにやら酸化した油のような香りがして思っていた物と違うのだと話した。

「私に言わせりゃ、それくらい自分で作るもんだと思うけどね」

 A女史が言い放ち、私はとりあえず「へえ作られるんですか。コツとかあるんですか」と訊いてみる。プログラムされた様な応答だ。

「別に。ただ漬けるだけよ。簡単。手間が掛かるものじゃないよ」

 周りの同席者達は一様に頷く。

 まあそうだろうな。でも、実際の所、私は調味料なんぞにそんな手間をかけるつもりはさらさらないのだ。買って済むならそれで良いか位の気持ちである。相手がそういう物言いをする人なのはその場にいる人間全てに分かっていたことだし、そもそも彼女は得意先であるから、私の生活に於ける調味料のプライオリティの低さなぞ伝える必要はない。そんなことを考えている内に彼女の言葉は別の誰かが受け取っていた。

 それに、確かにそういう基準は人それぞれで、特に私の様な「趣味人」には人様をとやかく言う資格はない。甥っ子の玩具の部品がもげたら、リューターで穴を開け金属線で補強してエポキシ接着剤を流し込んで取り付けたりするのだから。

 私はとりあえず流れ始めた雑談風景を眺めながらパスタに件のソースをかけた。いつだったかどこかのイタリア料理屋に置いてあったソースと同様の物だった。「ああ、これだよこれ。これが普通に売っていれば文句はないのにねぇ」と、ふと独り言を言っていた。「作ってまで欲しいとは思わんけどね」とまでは口にしない。そういうのを“天に唾する”と言うのだと思い当たったからだ。


読書 角田光代「真昼の花」 新潮文庫


小隊司令部発

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