具合の悪い人2013年06月11日

 朝、少し遅い時間の通勤列車を待つ。ラッシュから2時間もずれているためか、上りの急行なのに各車両に空席がある。座って行くことにした。

 空いている席の隣席の女が妙な格好をしている。カーディガンの袖を手まで伸ばして口元を覆っているのだ。車内に浮浪者の匂いも特にしないし、目つきを見る限りは特に精神的におかしな人という訳でもなさそうだ。

 空席の前まで行って理由は分かった。その女の隣にフォーマルな格好の女が座っている。多分フレグランスがきついのだろう。黒いツーピースで胸元が大きく開いている。長いうねった髪が顔に掛かっていて(寝ているらしい)顔は見えないが化粧も濃そうだし、おそらくそうなのだろう。しかし空席に掛けても、それらしい匂いはしなかった。

 そこで新たに気になることがある。つまり、見てくれからすれば、私もフレグランスがきつく見えなくはないということだ。隣の女がどちらの匂いを嫌ってそういう格好をしているのか、遠目には分からない。私が原因と思われる懸念がある。

 暫くして、女の反対側から匂いが靄の様に漂って来た。ああ、これだ。しかしその時の私には匂い自体はどうでも良くて、隣の女がこの紛らわしい、そして今となっては不愉快なだけのこの格好をどうにかして止めてくれないかという事の方が重要だった。

 例えば、女に「大丈夫ですか? 具合でも悪いんですか?」と話し掛けるのはどうだろう。まさか反対側の女が原因だとも言わないだろうし、停車駅の間際で声を掛ければそれをきっかけに降りてくれるかもしれない。しかしこんなにあちこちに空席があるのに、この女はなぜ移動しないのだろう。

 やがて下車する1つ手前の駅に着いてしまった。幸い乗って来る客は居ない。だがしかし厭だなぁと思いながら隣を視界に入れると女は口元を押さえるのを止めていた。奥の女は降りていないのにどうしたのだろう。何気ない風を装って隣を見ると、果たして女は寝こけていた。


読書 井上荒野「ベッドの下のNADA」文春文庫

翻訳家の鴻巣さんが解説で「井上荒野さんの恋愛小説はこわい」と書いていて同意する。しかし「眺めの良い平らかな道だと思って歩いていると(略)ストンと深い穴に落ちている」のではなく、今回は初っぱなから怖い雰囲気だった。怖気持ち悪いとでも言うか、そんな感じがする。

 


小隊司令部発

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