悪い予感がよく当たるというのは当然のことだ。幸運を掴むには訓練が必要だが危険察知は本能だからだ。そして回避にも訓練が必要だ。ともあれ、俺は動物的本能によって危険を察知し、そして間抜けにも訓練不足でそれを回避できなかった。
苦手だと思っているタイプの人間に限って、向こうから接触してきたりするものなのだ。
「ここはよく来るんですか?」
席3つ隣の俺に“上司”はわざわざ声を掛けてきた。バーテンがビール樽の交換に手間取ってしばらくカウンター裏にしゃがみ込んでいて話し相手を失ったため、という雰囲気だった。
「いえ、初めてです」
1杯呑んではいたが、俺は反射的にオンタイム用営業スマイルで返した。もっと無愛想な方が良かったのかも知れない。
「わたしもねぇ、まだ2回目なんですけどね」
酒場では無闇に人に話し掛けないというのはマナーだと思っているのだが、あれは日本以外の話だったか? 面識のない人に軽々しく声を掛けるのは失礼だろう。下町の居酒屋じゃあるまいしと思う。
「この店、ちょっと良いですよね? 隠れ家っぽくて」
“上司”は、やっと立ち上がったバーテンの方をチラと見ながら俺に言った。バーテンは不明瞭な笑みを浮かべてグラスを磨き始める。
「お勤め、お近くなんですか?」
「いや、そうでも…」
「わたしもこの辺じゃないんですよ。かと言ってねぇ、家の近くじゃ気も休まりませんしねぇ」
そんなもんかね。どこから遠かろうがあんたがいたんじゃ気は休まらんが。
「それに女房は、近くで呑むなら家で呑むのも変わらないでしょうと言うんですがね。女には分からないでしょう」
俺が曖昧に頷くと、“上司”は「でしょう、でしょう」と大袈裟に言った。
今夜は不味い酒で悪酔いする夜なのか。
続く
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